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最近、閲覧させて戴いているブログで訃報――管理者の方が飼われているペットの――があった。


…こういう記事を見ると寂しく、辛いと感じる。
勿論〝家族〟を失った方の悲しみには比べるべくもないけれど。
それでも、その文章からは幾ばくかの〝喪失感〟あるいは〝切なさ〟が伝わってくるような気がする。
――例えそれが(当事者が味わったものの)1%や2%だとしても、だ。



自分の中で一番古い〝喪失〟の記憶は祖母だ。
随分と可愛がられたような気がする。
よく頭を撫でられた。
「良い子だね」と小遣いを貰ったこともある。
一緒にゲームをしたこともある。
不始末を酷く怒られたこともある。

――けれども、その記憶は霞がかかったかのように曖昧だ。
もう祖母の掌の感触や、声の感じなどは思い出すことすら難しい。
ただ、最期の顔は笑っていた。
それだけは鮮明に記憶に残っている。


二番目は、もっと大きくなった頃。
(自分が)初めて飼った猫を家族皆で看取った時。

気難しい奴だった。
引き戸は開けられないし、近所付き合いも下手な不器用な奴だった。
それでも時折見せる愛嬌が何とも奴らしく、可愛かったことを覚えている。

そんな奴が元気を失くしたのは何時のことだったか。
〝免疫不全〟とやらで、でっぷりと太っていた身体は見る間に痩せ細り、口の中は口内炎で一杯だった。
動くのも億劫そうに毎日家の中を歩き回り、餌をねだるだけの日々になっていた。
正直、そんな奴を見ているのは辛かった。

そんな奴もとうとう動かなくなった。
家族が見守る中、奴の呼吸は少しずつ小さくなっていった。

…奴が完全に息を引き取った時、母が「うちを死に場所に選んでくれたのは、この子が本当に此処を〝家〟だと思ってくれたからなんだろうね」とこぼしていたことが印象に残っている。


記事を読んでいて、何故か彼らが居なくなった時のことを思い出した。

そして、彼らが〝居なくなった〟のだけが悲しいのではなくて。
その人やペットが居たその場所の〝温度〟――それが段々と冷えて行くのが哀しいのだと気が付いた。


――時間とともに悲しみも思い出も薄れてしまうのは、人間として仕方の無いことなのだけれども。
やっぱりそうなってしまうのは、少しだけ寂しい。


せめて

〝そこにその人が居た〟
〝あそこにはあいつが居た〟

という記憶だけは、自分がこの世から居なくなる時まで持っておきたいものですなあ……なんて、今日はちょっとセンチメンタルな気分に浸ってみました(苦笑)
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2007.08.02 Thu l 日常 l コメント (8) トラックバック (0) l top

コメント

琴音の件ありがとうございました

無事葬式がすみ落ち着きを取り戻しました

が、しかし・・・

我が家にやんちゃな子猫が・・・

いきさつはXCCのブログで・・・
2007.08.03 Fri l XCC. URL l 編集
もうすぐお盆。沢山思い出して良いと思います。
沢山思い出して、思い出に浸るときだと思います。
お墓や仏壇に祈りを捧げたり、空を仰ぎ見たり。
ほんの少しの間、センチメンタルになると、いつも見ている物が違って見えたりすると思うんです。
いつもより、少しだけ優しくなったり。
私が初めて遭遇した喪失も、祖母。母方の祖母でした。
2007.08.03 Fri l ぶんママ. URL l 編集
命の尊さ
他者(他の生き物)の死を見て、悲しい・寂しいと思える…。
辛いけど、これって物凄く大事な感情だと思うのですよね。
特に、幼少時代のそういった体験は、
その人の心に色々なものを与えると思います…。

単純に考えれば体験しない方が…
体験することがない方が良いようにも思えることですが。
核家族化によって、祖父祖母と別に暮らし。
アパート・マンション化によってペットと暮らすことも
少ない今の世の中。

命の重さを、他者の痛みを知る機会のない
今時の子供達は、何処で命の尊さを学ぶのでしょうかね。

そう思うと、幼少時にそういう体験があるのって、
変な話だけど幸運だったのかな…そう思うことがあります(苦笑)。
2007.08.03 Fri l Ash. URL l 編集
ちょっと話ずれるかもしれません。

笑って幸せに死ぬことができるなら良いなと自分はいつも思ってます。
自分は海外で事件に巻き込まれて友達が撃たれて・・・とか病気で倒れるとか現に見てきましたから、不幸に死ぬことによる悲しさが知らない人よりはわかります。

仕方ないことですけど、こういう話を聞いたり見たりするといつも彼らの顔が浮かんで悲しくなります。
「そこにその人がいた」とか考えると頭が痛くなります。

それに比べれば(比べるなんて余り適切な言葉とは思わないけど)愛する家族とかに見守られながら・・・・・ことは良いことですよ。

それが経験できるのもまた幸せだと思わなきゃ。

最後に、慣れないことを書くとちと恥ずかしくなるものだww
2007.08.04 Sat l Vent. URL l 編集
この一週間は訃報が多かったようです

本当に当事者の方には
はるか及びませんが悲しいものです
2007.08.05 Sun l MEL. URL l 編集
ペットロスの記号士です・・・
でも自分の職場の人の中には、犬が糖尿にかかってしまい月に数万円かかるとか猫を月に何回か透析に通わせている、という方もおられます・・ペットも人間も健康に歳をとりたいものですね・・
2007.08.05 Sun l 記号士. URL l 編集
私は・・後になればなるほど・・いなくなったものの存在が大きくなり
思い出す日々が続きます。
うちのねこちゃんももう・・・5年以上経ちますが昨日もねこちゃんの
お話をしていたばかり。亡くなった方達も思い出すことが本当に多い。

じぇふ茶さん・・別れっていうのは・・切ないやね~。

2007.08.05 Sun l shisuta. URL l 編集
>XCCさん
お葬式、お疲れ様でした。
あんまり覗きに行けず、申し訳ありません…。

トラのすけさんの勇姿(?)期待しておりますぜぃw


>ぶんママさん
お盆というのは故人を迎える期間。
心の中にしまっていた〝彼ら〟の記憶と思い出を取り出す時ですね。

思い出すことで少し切なくなってしまうかも知れないけれども…彼らと共に過ごした日々は大切なもの。
何時までも自分の中に留めておいておきたいものですよね(笑)、


>Ashさん
悲しみというのは、出来れば体験したくない感情の一つではありますが……その分、大切ですよね。
人間の感情は良く〝喜怒哀楽〟という四文字で表されますが、その代表的な4つの感情の中でも悲しみは一際重要。
他の感情のバランスを保つ為にも必須であります。

大切な人やものとの別れを迎えた時人は寂しく、切なくなる。
その寂しさや切なさが混じりあった、自分では何ともコントロールし難いものを体外に追い出す為の感情が「悲しみ」なのではないでしょうか。

…そういう大切な感情を学ぶ場が少なくなって来ているのは、憂慮すべき事態ですよねぇ…。


>Ventさん
事故や事件に巻き込まれて――そういう世の中の所謂〝理不尽〟で大切な人やものを失った時の悲しみは、未体験であるが故に想像が出来ませんが…もし、自分がそのような状況に陥った場合は、何ともやりきれない気分になると思います。

きちんとお別れを済ませられたのか。
何を言う間もなく、居なくなってしまったのか。

二度と会えなくなることに変わりはないけれど…やはり〝最期の瞬間〟に立ち会えることは幸せなのかも知れませんね。
人知れず、無為に〝居なくなって〟しまうのはやはり寂しいです。


>MELさん
確かに、訃報が多かった…。
当事者の方々の悲しみの大きさは図るべくもありませんが、一日も早く元気を取り戻して戴きたいものです…。


>記号士さん
ころさんのことは、本当にご愁傷さまでした…。

ペットも人間も歳を取るのは当然のことなのだけれども。
それに伴って衰えていく姿を見るのは…辛いですね。
なまじ元気だった頃のことを知っているだけに、より寂しくなります。

出来れば、皆ずっと元気で居て欲しいよなあ…。


>shisutaさん
自分の場合は、そんな時は心の中に楔の様に突き刺さっているかのような感覚を覚えます。
今居る猫と戯れたりしていると、急にヤツのことを思い出したり…。

これから先、別れというものを経験することは出来るだけ避けたいものですなぁ。
2007.08.08 Wed l じぇふ茶. URL l 編集

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