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ふと気が付くと1月も中旬を過ぎて。
時間って過ぎるのって本当早いなーと思う今日この頃。
ネットもゲームも程々な毎日を過ごしておりました。

約二週間くらい何の情報も見ていないと、頭の中が浦島太郎にでもなった気分になるなぁ。
やっぱりニュースくらいは毎日見ないといかんですな。


まぁ、何をやっていたかと言うと、仕事が忙しかったというのもあるんですが。
先週だけで葬式が二件重なると言った塩梅で。
んで、そのうちの一件が親戚のもの(もう一件は会社関連)だったからさあ大変、とばかりに色々とばたばたしておりました。

身内の葬式自体は小学生の時に一度体験しているのですが、ある程度分別が付いた今、葬式に参列するというのは結構精神的にキビしいものがありますな。 …死化粧をする様子とかも今回初めて見たんですが、正直きつかったなと。
目を瞑っている(だけに見える)様子を見て、親戚一同でそれを囲んで、棺に入れてあげて蓋を閉める。
あー、もうこの人には会うことはないんだな――と実感すると、何とも言えない寂しさがありました。

小さい頃、結構お世話になったな。
お年玉貰ったり、おもちゃ買ってもらったり、我侭言って学校休んでまで泊まらせてもらったり。
正月に会った時はまだ大丈夫そうだったのになあ……。



ひとが一人死ぬってことは大変で。
喩えようもなく、寂しい。



……葬式なんて出るだけでテンションが下がるようなイベントに、連続で出るものじゃねえなぁと思った2010年の冬でありました。
まぁ、葬式に出てテンションが上がるような輩は恐らく何処にもいやしないでしょうが。



>気になったニュースとか

鬼太郎役・戸田恵子が目玉おやじ役・田の中勇さん死去を追悼「大好きでした…」(ヤフーニュース)


ついさっきこのニュースを知ったのでさらに落ち込む僕orz
「おばけは死なない~」とは有名なフレーズでありますが、こう言った訃報を聞くとおばけという存在を羨ましく思えますな……目玉親父好きだったのになぁ……。
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2010.01.18 Mon l 日常 l コメント (6) トラックバック (0) l top

コメント

目玉おやじに続いて
神龍の人も今日…

なんか続きますねえ…

ここ数年で祖父が二人亡くなったんですが
やはり「いつかは…」と思ってても
その時が来ると凹みます…
2010.01.19 Tue l MEL. URL l 編集
長年、病床に臥していたのなら、ある程度の心の準備が出来ているとはいえ、
亡くなったときの喪失感は計り知れないものがあります。
ましてや、何ら予想だにしていなかった方が亡くなるのは辛いです…
惜別の思いが多いと辛いですね。
2010.01.19 Tue l ぶんママ. URL l 編集
このところ訃報のニュースを毎日のように聞いている気がします・・・実は春先にかけてが一番お年寄りがなくなる時期でもあるんですよ・・毎日のように「見送り」とかすると・・・結構精神的にきます・・・
2010.01.19 Tue l 記号士. URL l 編集
>MELさん

本当に相次いでますよねえ。
まだ一年は始まったばかりだと言うのに、幸先が悪いったらありゃしませんね…。

心の準備は出来ていたつもりなんですけどね…。
葬式って亡くなった人を悼む儀式と同時に、その人が“居なくなった”ことを理解するための儀式でもあるということが良く解りました。


>ぶんママさん
祖母は前々から寝たきりで、最近は「そろそろ不味いかも…」とも言われていたので、常日頃から覚悟はしていたつもりだったんですが…やっぱり辛いものがありますね。
喪失感のことは良く「胸に穴が開いた感じ」と表現されますが、それってこんな感じなのかと思いました。


>記号士さん

僕が「見送り」をしたのは今回が二回目でした。
まぁ、一回目は小さい頃の経験しただけなんですが……これは何度経験したとしても慣れることはないだろうなと。

誰にでも何時か必ず訪れる瞬間だとは解っていても、辛いですよね……。
2010.01.20 Wed l じぇふ茶. URL l 編集
大事なのは生き様なのかな?
年齢云々とかもあるといえばあるのでしょうかね...
個人的には身内の葬式として祖父・祖母のには出たことがありますが、
祖父のは何というか...寂しさはあるのですが、
みんな笑っているというか何というか。

もちろんテンションが上がるわけではないのですけどね(笑)。
でも、とにかく誰もが認めるくらい祖父が精一杯に生きた
人だったせいか、集まった親戚や家族の間でも思い出話や
世話になった話が盛り上がりましてね~。

葬式って悲しいだけのものじゃないんだな...と
強く印象づけられたものがありました。

自分が死ぬならば、そんなふうに送り出して貰いたいものです。
2010.01.22 Fri l Ash. URL l 編集
>Ashさん

ああ…なんか解ります。
今回集まった親類も、表立ってはそんなに悲しい顔を見せていなかったような…。
「(祖母は)自分が小さい頃こうだった~」とか「一緒に暮らしていた時ああしてくれた~」とか、皆が思い出を語っている時も、少し笑い声が混じったりして。
悲壮感みたいなものは殆ど感じられませんでしたね。

人が居なくなった…ということは確かに悲しくて寂しいことだけど、その人が“居た”ってことを、一緒に過ごした・話をした記憶を思い出すことで笑顔になることは出来る。
葬式って、亡くなった人を悼むだけでなく、その人が生きた証を(客観的に)懐かしむためのものでもあるのでしょうな、恐らくは(苦笑)

自分も、いつか死を迎える時には、側に居る人に笑って送り出して貰いたいものです…そのために、これからも頑張って生きて行かねばw
2010.01.23 Sat l じぇふ茶. URL l 編集

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